毎年この季節になると、気づけばすぐにクーラーのスイッチに手が伸びています。
汗をかかない生活に、すっかり慣れてしまいました。
外に出るのも億劫で、夏をどこか遠いものとして過ごしてしまっている気がします。
花を愛でて涼しさを感じる
それでも、窓の外にひまわりや朝顔の青や黄色が揺れているのを見ると、ふっと心がほどける瞬間があります。

ああ、夏もいいものだな
と。
暑いのに、なぜか嫌いになれない。そんな気持ちを抱えながら、ある日ふと「涼」という字を筆で書いてみました。
書き終えるころには、不思議と気持ちが落ち着きました。
「涼」に込められた思いをひもとく
「涼」は、さんずいに「京」を組み合わせた字です。
京には「高い」「大きい」という意味があり、高いところから水が流れ落ちる様子を表しているともいわれます。
水辺の風、木陰を抜ける一陣の空気。
そういうものが、たった一文字の中に閉じ込められています。
昔の日本人は、涼を「作り出すもの」だと知っていました。
朝顔を窓辺に育て、緑のカーテンで直射日光を遮りました。
軒先に風鈴を吊るし、その音で涼しさを「聴き」ました。
夕暮れ時には打ち水をして、蒸発する水が地面の熱を奪う一瞬を「涼」と呼びました。
エアコンのない時代、涼しさとは自然の中に見つけ、感じ取るものだったのです。
言葉にも、その知恵が宿っています。
「夕涼み」「涼風」「納涼」——
これらの言葉はどれも、涼しさを待ち、迎え、楽しむ姿勢があります。
暑さを嘆くのではなく、その中にわずかな涼を見つけて味わう。
そこには、自然と折り合いながら生きてきた日本人の、静かな美意識があります。
筆で「涼」と書くとき、その一画一画に、そういう記憶が宿っているような気がしてなりません。
墨の香りと、白い紙の余白と。
書き終えたあとの静けさが、どこか涼しいのです。
今日の結び


目でも涼しさを感じる。
暑い夏に、一文字「涼」をそっと飾ってみてはいかがでしょうか。


