たった一言が、誰かの一日を少し明るくする

テーブルの上に封筒と便箋。傍らには白い小花。

誰かに言葉をかけるとき、
「何て言えばいいんだろう」と考えすぎてしまうことがあります。

せっかくなら、相手が喜ぶ言葉をかけたい。

元気になってほしい。

傷つけないようにしたい。

そんなことを考えているうちに、何も言えなくなってしまうこともあります。

私自身も、言葉を選ぶのが上手なほうではありません。

だからこそ、最近は思います。

きれいな言葉じゃなくてもいいのかもしれない。

そのときに自分の中から素直に出てきた言葉を、そのまま渡す。

それだけでも、ちゃんと伝わることがあるのではないかな、と。

目次

「また会おうね」が、うれしかったりする

手を差し出して握手をする様子。背景にはまぶしいくらいの青空と光。

私が好きな言葉があります。

「また会おうね」

「楽しかった」

「会えてうれしかった」

「頑張ったね」

どれも、特別な言葉ではありません。

でも、言われるとうれしい。

「また会おうね」と言ってもらえたら、
一緒に過ごした時間を大切に思ってもらえたような気がします。

「楽しかった」と言ってもらえたら、
自分も同じように楽しかったことを思い出します。

「会えてうれしかった」と言われたら、
自分がそこにいたことを喜んでもらえたんだ、と感じます。

そして、

「頑張ったね」

という言葉には、

「ちゃんと見ていてくれたんだな」

と思えるような、あたたかさがあります。

どれも短い一言です。

でも、その一言の中には、その人と過ごした時間や、相手を思う気持ちが込められているのかもしれません。

元気づけるより、そっと寄り添う

コーヒーが入ったコーヒーカップが二つ仲良く並んでいる。

誰かが落ち込んでいるとき、

「元気出して!」

「頑張って!」

と励ましたくなることがあります。

もちろん、それが嬉しいときもあります。

でも、いつでも元気になれるわけではありません。

頑張っている人に、さらに「頑張って」と言うのではなく、

「頑張ったね」

と、その人がここまで頑張ってきたことを受け止める。

そんな言葉のほうが、そっと心に寄り添えることもあると思っています。

私は、元気づける言葉よりも、
その人の気持ちのそばにそっと置いてあげられるような言葉が好きです。

すぐに何かを変えなくてもいい。

答えを出さなくてもいい。

ただ、

「あなたのことを思っているよ」

という気持ちが伝わるだけでもいい。

そんな言葉があってもいいのではないかなと思います。

考えすぎると、言葉が出てこない

子犬が眠そうにボーっとしている様子

そうは言っても、実際にはなかなか難しいものです。

「何て言ったらいいかな」

「こんなことを言ったら、どう思われるかな」

「もっといい言葉があるんじゃないかな」

と考えているうちに、言葉が出てこなくなってしまう。

私も、ついつい考えすぎてしまいます。

本当は、

「会えてうれしかった」

と伝えたいだけなのに、

「もっと気の利いたことを言ったほうがいいかな」

なんて考えてしまったりします。

でも、そんなふうに考えているうちに時間が過ぎてしまうより、

「会えてうれしかった」

と、そのまま伝えたほうがいいのかもしれません。

上手に言おうとしなくてもいい。

きれいにまとめなくてもいい。

そのとき自分が感じたことを、素直に言葉にする。

それだけでも十分なのだと思います。

素直に出てきた言葉を、大切にしたい

白いマグカップがふたつ。コップの側面には笑顔が書かれている。

人の感情を動かそうとすると、言葉は難しくなります。

「この言葉を言えば、相手は元気になるかな」

「こう言えば、喜んでもらえるかな」

そんなふうに考えるほど、言葉が自分から離れていくような感じがすることがあります。

だから私は、

「相手をどう変えるか」ではなく、「自分はどう思ったのか」

を大切にしたいと思っています。

楽しかった。

うれしかった。

ありがとう。

また会おうね。

頑張ったね。

そんなふうに、自分の中から自然に出てきた言葉。

たとえ短くても、少し不器用でも、そこに本当の気持ちがあるなら、それでいいのかもしれません。

自分がかけた言葉も、どこかで誰かの心に残っているかもしれない

水面に波紋が広がっている。

言葉をかけたあと、

「ちゃんと伝わったかな」

と思うことがあります。

特に、何気なく言った言葉ほど、その後どう届いたのかは分かりません。

自分では、もう忘れてしまっているような一言が、相手の心には残っていることだってあるのかもしれません。

反対に、誰かから何気なくかけてもらった言葉を、何年も覚えていることもあります。

そう考えると、言葉って不思議です。

その場では小さな一言でも、
あとから思い出したときに、少しだけ心をあたためてくれることがあります。

だから、

自分が誰かにかけた言葉も、ちゃんと届いているのかもしれない。

そう思ってみると、言葉を渡すことが少しだけ楽しみになります。

言葉は、無理にきれいにしなくてもいい

今にも飛んでいきそうなたんぽぽの綿毛。背景は真っ青な青空。

誰かに何かを伝えたいと思ったとき、
完璧な言葉を探さなくてもいいのかもしれません。

気の利いた言葉じゃなくてもいい。

長い言葉じゃなくてもいい。

うまく説明できなくてもいい。

その人を思って、自分の中から出てきた一言。

「楽しかった」

「会えてうれしかった」

「また会おうね」

そんな素直な言葉を、そのまま渡してみる。

もしかしたら、その言葉が相手の一日を少し明るくするかもしれません。

そしていつか、自分が誰かからもらった言葉を思い出して、今度は自分が誰かに優しい言葉を渡せたら。

そんな小さな言葉のやりとりが、日々の暮らしの中に増えていったら素敵だなと思います。

暮らしを描く、想いを描く。

作品を作るときも、言葉を選ぶときも、
その先にいる誰かのことを、そっと想像できる自分でありたい。

うまくできないこともあります。

それでも、素直な気持ちから生まれた言葉を、これからも大切にしていきたいと思います。

わたぼうし
筆耕士
「ゆるく、楽しく、頑張らない」がモットー。筆耕士として、「心地よさ」の中で生まれる生きた文字を大切にしています。身体が緩まること、気持ちがやわらぐこと、すべてはつながっている——そんな思いで、言葉と筆文字を綴っています。作品はminneのショップ(癒しと、筆文字)で、筆文字素材はイラストAC(筆耕わたぼうし)で配布中です。
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