完璧を手放したら、見えてきた「一」の景色

お気に入りの道具を揃えて、さあ書こうと背筋を伸ばした瞬間に、お茶をこぼしてしまったりする。

あぁ、またやっちゃった
と苦笑いしながらふきんで拭いているうちに、なんだか肩の力がふっと抜けていくのがわかります。
机の上に広げたばかりの紙に、ほんの少しだけ茶色いシミがついてしまったけれど、それもまた今日の風景の一部みたいで。
静かな時間を作ろうと意気込むほど、私の日常はどこかおっちょこちょいで、ままならない。
計画通りにいかないことの方が多い。いやそもそも計画をたてることもままなってないのかも。
でも最近は、そんな「カッコつかない自分」のままで筆を持つのが、今の私にはちょうどいいのかもしれないと思うようになりました。
完璧に整った空間で、完璧に集中して書く。それも素敵だけれど、少し散らかった日常の中で、ふっと筆を持つ時間があってもいい。そう思えるようになったのです。
「一」という文字が教えてくれたこと


シンプルだからこそ、ごまかせない
「一」という文字は、あまりにも単純です。
横棒一本。ただそれだけ。
複雑な漢字のように、バランスを取る場所も、迷う線も、隠れる余地もありません。
すべてがその一本に表れてしまう。だからこそ、この文字の前では、自分の心の状態が驚くほど正直に映し出されます。
ごまかしが効かないからこそ、昔は「真っ直ぐ、凛と」書かなければいけないと、自分を縛っていました。
少しでも揺れたら失敗、少しでも曲がったら書き直し。
そうやって何度も何度も紙を無駄にしながら、「正しい一」を追い求めていた時期がありました。
でも、それは本当に「正しい」ことだったのでしょうか。今思えば、自分で自分を窮屈にしていただけだったのかもしれません。
散らかった心を、ひとつに結ぶ線
でも、今の私が「一」に求めているのは、正しさではありません。
それは、「散らかった心を、ひとつに結ぶ線」。
仕事のこと、家族のこと、明日への小さな不安。朝起きてから今この瞬間まで、頭の中にはいろんな思いが渦巻いています。
あちこちに散らばった意識を、筆先の一点にだけ集めていく。
筆を持ち、墨を含ませ、紙の上に置いた瞬間から、世界が少しだけ静かになります。
右へ、右へと筆を進める間だけは、余計なことを考えない。
今、この筆の動きだけに意識を向ける。呼吸を整えて、ゆっくりと筆を運ぶ。
その数秒間は、まるで時間が止まったかのように感じられます。
一呼吸分の、自分だけの時間。
そう思うと、この単純な横棒一本が、とても愛おしいものに思えてくるのです。
複雑な文字よりも、むしろこのシンプルさが、心を「今ここ」に連れ戻してくれる。そんな魔法のような力を持っているのかもしれません。
今日書いた「一」のこと
揺れも、私のリズム


「書道字典」を開いて「一」を探すと、いろんなスタイルの「一」に出会えます。
力強く堂々とまっすぐな「一」。
バレリーナの舞いのような優雅な「一」。
筆の入り方(起筆)ひとつとっても、いろんな個性がありますね。
同じ人でも、まったく違う書き方をしていたり。
だから、今日書いた「一」は、途中で少し筆が踊ってしまったけれど、それもいい。
以前の私なら「失敗した」とすぐに丸めて捨てていたかもしれません。「こんな不完全なものは、作品じゃない」と、自分に厳しくジャッジしていたと思います。
でも、この頃はその「おっとっと」という揺れさえも、今の自分のリズムに見えてきて。
完璧に真っ直ぐな線ではないけれど、この揺れには、今日の私の呼吸が、心の動きが、そのまま映し出されているような気がします。
機械が引いたような完璧な直線ではなく、人の手が、心が動いて生まれた線。その方が、ずっと温かみがあるような気がしました。
「完璧な線」より、「心地よく書けた線」


お手本とは少し違うけれど、書いている時の指先は、とても穏やかでした。
力みもなく、焦りもなく、ただ筆の感触を楽しみながら、ゆっくりと運んだ線。
結果としてできた形よりも、その過程で感じた心地よさの方が、今の私には大切に思えます。
そうして何枚も書いた中から、



今の私が一番素直に出せたのはこれだな!
と思える、今日一番の一枚を選びました。
一番上手に書けた一枚ではなく、一番自分らしく書けた一枚。その違いに気づけたことが、小さな成長のように感じられて、少し嬉しくなりました。
あなたの「一」を、あなたのリズムで
この文字を、なぞり書きシートにしました。
あなたがなぞる時は、私の「今日一番」に合わせようとしなくて大丈夫です。
私の線をお手本のように完璧になぞろうとする必要はありません。
むしろ、私の線を感じながらも、あなた自身のペースで、あなた自身の呼吸で、筆を運んでほしいのです。
私がこの一本に「よし」と思えたように、あなたがなぞり終えたその瞬間、ご自身の線を「よし」と思えること。それが何より大切だと思うから。
真っ直ぐ書こうと息を止めるより、今の自分を受け入れるように、深く、ゆっくりと。
少しくらい揺れても、少しくらい曲がっても、それがあなたの今日のリズムなら、それでいい。
この一本の線が、あなたの心に静かな余白を作ってくれますように。そして、この小さな時間が、あなたにとっての「ひと息」になりますように。



1行だけ、深く息を吐くように書いても。
何度も繰り返して、心を空っぽにしても。
今のあなたが『心地いい』と感じるリズムで、自由に使ってみてくださいね。
左側はゆったりした配置で。
右側は三種類の書きぶりを載せています。
どうぞ心のままに。


※お使いのスマホによっては、直接ダウンロードされる場合があります。保存されたファイルを開いてお楽しみください。


